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バイク屋に辿り着いた僕は店内に居た店員に声を掛け、残金を支払った。
コレでMBは完全に僕のモノとなった。
店の中からウィンドウ越しにMBを見る。バイク屋の正面でセンタースタンドを掛けて直立しているMBは、店のどのバイクよりもかっこ良く見えたと言ったら言い過ぎだろうか?
そりゃあ最新鋭じゃないし、原付だ。だがしかし、店内のいかなるバイクとは決定的に違う事が有った。
これは僕だけのバイクなのだ!!
店内に置いてあったヘルメットの内、安値な奴を何個か吟味して一番「格好がマシ」な奴を選んだ。何しろアライだのショウエイだのの「本格的」な奴は値段が高くて手が出せなかったからだ。
そいつはマルシン工業の「ジェネラル(武将)」と言う、名前だけは立派なフルフェイスだった。勿論、色は白。「750ライダー」の早川光はいつもノーヘルだったが、勝負の時だけピットインのマスターに押し付けられる様にして被っていたフルヘルが白だったから、という刷り込みも有っただろう。
グローブもあわよくば、とか思ったがそこに置いてあった奴は高過ぎて手が出なかった。コレはまた、バイトをしていたディスカウントショップに探しに行こうという事にして今回は諦めた。
さてヘルメットの代金も支払った。やるべき事はみんな済ませた。
後はMBに乗って家に帰るだけだ。
が、真新しいヘルメットを抱えて店の外に出た僕の緊張は極大に達していた。何故ならば、、、
僕は今迄クラッチ付き、マニュアルミッション車なんて乗った事が無いからだ!!
そりゃあ入門書を何回も読んで頭の中で、理屈では理解している。クラッチを握ってギアを入れ、クラッチをゆっくり話せば良いだけの話だ。だが、「理解している」のとそれを「実際にやる」のは全然別の話だ。
「えーと、マニュアルは初めて?」
MBの前で躊躇している僕を見て店員が話し掛けて来た。ココは素直に頷く。格好を付けておいてその後で無様な姿を見られるよりはずっとマシだ。
「じゃあ、一寸説明しとくね」
そう言って店員がMBのアクセル側に立ち、無造作にメインキーを捻った。ポッとメーターに組込まれている緑色のランプが灯る。
「まずニュートラルランプを確認してね。コッチがそう」
そう言いながら左手でタコメーター内で光っているランプを指差しながら右手でキックペダルを引き出した。
「ここにチョークが有る。エンジンが冷えてる時は使った方が良いよ」
シート越しに手を伸ばしてキャブレターの辺りの黒い丸いツマミを引き出す。そしてアクセルに手を添えて引き出したキックペダルを一気に踏み降ろした。
ギャイイイイイイィィイイン!!!
キック1発でMBのエンジンは目覚め、僕が今迄聴いた事の無い、一種異質な音が響き渡った。前に乗った事の有るヤマハサリアンや、なじみが深いスーパーカブみたいな間の抜けた排気音とは全く違う、一種緊張感を強いられる様な、まさに「エンジンノイズ」だった。
ところが店員はすぐにキーを捻ってエンジンを止めてしまった。
「じゃ、エンジン掛けて見て」
成る程、そう言う事か。コレはもう僕のバイクだから誰に遠慮をする事もない筈なのだが、僕は何となく遠慮がちにキーを捻った。
カチリ、と言う音と共にニュートラルランプに輝きが戻る。チョークは引いたままなのでそのままシートを跨ぎ、出たままになっていたキックペダルに足を掛ける。
ハンドルを握って身体を支えてからそのまま踏み降ろす。大した踏み応えも無くキックペダルは降りた。
ギャイイイイイイィィイイン!!
さっきと同じ様に呆気無くエンジンは掛かった。握ったハンドルにビリビリとエンジンの振動が伝わって来る。僕は何となく、生まれて初めて「エンジンを掛けた瞬間」を思い出していた。
そう、あのCOXのラジコンエンジンだ。
あれは小さなモデルプレーンを飛ばすだけのモノだったが、コイツは僕を乗せて走る為のモノなのである。コイツの僕は何所迄行けるのだろうか。
それを思うとドンドンとテンションが上がって来た。
「じゃ、チョーク戻してクラッチ握ってみて」
店員に声を掛けられて僕は我に帰った。そうなのだ。将来の事よりも、今の話だ。僕はコイツに乗って家迄帰らなければならないのだ。
僕は言われた通りにチョークボタンを押して戻した。アクセルを開ける事無しに高めで廻ってた回転数がガクンと落ちた。が、バランバランと一寸不安定な感じだが、止まる気配は一切無い。
僕はゆっくりとクラッチを握った。
「んじゃ、(シフト)ペダル踏んで」
ガチャン、と言うショックと共にギアが入った。
「今ローギアだからね、それでゆっくりクラッチを離してみて」
恐る恐るクラッチレバーを握る指から力を抜く。有る位置まで指を戻したところで「何かが引っ掛かる」感触と同時にエンジンの回転数がグッと落ちた。
「ハイ、クラッチ(レバー)握って!」
慌ててクラッチレバーを握り直す。途端に回転は元に戻る。
「其処までレバーを離したら『クラッチが繋がる』って事。そうやって繋げながらアクセルを開ければ走り出す。回転が上がってスピードが乗ったらアクセルを戻してクラッチを切ってシフトペダルを掻き揚げればギアが上がる。そうやって加速して行く。減速して止まる時はその逆。簡単だろ?」
いや、「簡単だろ」とか言われたって。だがレッスンはそれで終了だったようだ。店員は店の中に戻って行く。と思ったら振り向いて一言付け加えた。
「あ、それハンドルロック別体式だから。ロックはハンドルの下にあるからね、、ロックしたままで走ろうとすると転けるから気を付けてね〜」
トップブリッジのキーボックスを見ると「オン/オフ」しか無い。言われた通りにハンドルの下を見ると成る程鍵穴が有る。
いや、それは良いんだ。鍵は差し込んで廻せば事が済む。でも発進はそうは行かない、、、と思った。だからもう一寸詳しく、、、
とか言う前に店員は店の中に消えてしまった。どうにも待った無し、みたいである。
一旦MBから降りて僕は道に置いてたヘルメットを被った。生まれて初めて被るフルフェイスヘルだったが感動に浸っている暇は無かった。
とにかく、僕は速やかに、何事も無かったかの様にこの場から去らなければならないのだ。
(続く)

