日々之平穏!?(なら良いけどそうも行かない)

広島の片隅でだらだら生きてる単車とマンガと音楽好きのおっさんが 綴る雑記であります。

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逆に言えば「この程度の認識」でプロを名のれる現状がおかしくね?常識的に(ry

う〜むw

皆様このネタ、既に食傷ぎみでしょう。ワタクシもそうです。

しかし次から次へと繰り出される「ツッコミ入れて下さい!」と言わんばかりのこの言動。

飽和攻撃で我々の口を塞ごうと言う魂胆なら断じて屈してはならんのですよ!多分にそう言う事では無く、おそらくはマジで言ってるからよけいに始末に終えないとも思うんですがw

公権力の関与 軽視できない 映画『靖国』問題シンポ 
2008年4月17日 朝刊
ドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」(李纓(リイン)監督)の上映をめぐり混乱が続いている。十四日夜には東京都内で、「映画『靖国』と表現の自由を考えるシンポジウム」(日本マスコミ文化情報労組会議、日本ジャーナリスト会議共催)が開かれた。上智大学の田島泰彦教授(メディア法)は、自民党の国会議員など公権力が今回の問題にかかわっていることについて「軽視できない」と指摘。映画監督の森達也さんも「ドキュメンタリー映画にとどまらずメディア全体に関係する問題だ」と強調した。二人の講演者の発言をまとめた。 (小田克也)

民主社会の根幹揺るがす 田島泰彦氏
中身はどうあれ、映画を見たいと思って見られないのは大変なことだ。民主社会で一番大事なのは情報にアクセスできて、いい悪いを判断できること。その一番大事な部分を閉ざしている。今回は公権力が「上映させない」ということではない。映画館が、いろんなことをおもんばかっての自粛、自己規制だ。しかし公権力が関与している。その意味で軽視してはいけない。
(自民党の稲田朋美衆院議員の問題提起がきっかけで)映画公開前に議員向けの試写会が行われた。三権の一翼の立法府、しかも与党議員であればそれなりの影響力を持っている。試写会は(上映に)圧力が加わる導火線となった。
これは事前検閲にあたる可能性が強い。こんな試写会をみだりにやらせてはいけない。公開前に、自民党の議員が出演者に接触したのも危険だ。今後もいろんなケースが許されてしまう。
われわれは自粛、自主規制をどう考えたらいいのか。今回は政治家や行政官庁がかかわり、右翼の抗議を恐れて事態が動いた。(その結果の映画館の上映中止決定は)紛れもない自己検閲。自らが望んで、考えて行った自主規制ではない。
実は個人情報保護法など一連のメディア規制も、法律の中で「自主規制をやりなさい」と奨励している。つまり権力や政府が自主規制を求めているわけだが、それは本当の意味での自立ではない。そこを見ておかないといけない。
『反日』であれ表現は表現 森達也氏 
週刊新潮が書いた段階で騒ぎになると思った。新潮が書いて右翼団体が騒ぐのはパターン化している。稲田朋美衆院議員は(作品が)助成金をもらうだけの資格を備えているか確認したかったとのことだが、それなら公開後でもいい。(都内では封切り予定の4館が上映中止を決めたが)アルゴは、なぜこの劇場を選定したのか。都内で言えば、渋谷のユーロスペースやポレポレ東中野などドキュメンタリーをやる腰の据わった劇場がたくさんある。(中止を決めたのは)娯楽系をやる大手チェーンの映画館ばかり。地方展開を考えたアルゴの戦略だと思うが…。
なぜ騒ぎが大きくなったかといえば、中国人が靖国神社を撮影したからだろう。それが大前提としてある。どうして「反日」映画だったら、だめなのか。「反日」であれ「抗日」であれ、表現は表現だ。
(刀匠の刈谷直治さんの映像削除問題は)大変な問題。刈谷さんが納得できなかったら上映できないのか。そうなると映画をつぶすのは簡単。ドキュメンタリー映画は現実を切り取る。街や雑踏も映る。たまたま映った人が削除してほしいと言いだしたら映像は撮れない。スタジオを使って役者しか撮れなくなる。これはドキュメンタリーだけの問題ではない。映像メディア全般の問題だ。ニュースもそうだ。犯行現場に映った人が(削除を)主張したらどうなるか。パンドラの箱を開けたな、という感じがする。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2008041702004230.html

うっひゃあw

遂に「刀匠批判」に風向きが変わって来ちゃいましたよ。それだけはやらないと思ってたんですがねえ(棒

「何でも有り」が許されるのは総合格闘技だけにしといて欲しいもんですが、バーリトゥード!男な〜ら一度は戦えぼこぼっこ〜にっ@「バリートゥードbyCOCOBAT」てかw

何だか追い詰められた上に打つ手が無くなったって感じですがそれもまた自業自得な訳で。
既に「ドキュメンタリー映画」と言うカテゴリで話が出来なくなって来てね?
そういや昔に「ショッキング・ドキュメンタリー」みたいな煽り文句で残酷描写満載な映像垂れ流しの映画が流行りましたが、もうそう言う認識でいいんじゃね?
とか書きますと「『日本刀の技術を伝える為のドキュメンタリ』として嘘付かれて画像を撮られた刀匠様」に失礼ですな。しかし伝わって来る情報からだとそんな感じの扱いっぽいです。何しろそれが狙いな訳ですから。

あ、今の段階だとヤコペッティとかの「曲がりなりにもリアル指向」と言えなくも無いですが、刀匠様や靖国神社側の要求が通って映像の削除が成されたら、

「カランバ」だの「食人族」だののもう見る前から「んん〜???」となり、見た後は「うがああああああ!!!!」と暴れたくなる様な物件になるかもしれませんねwww

その方が歴史に名を残せるかも知れないからエエんじゃね?

まあ監督の狙いはともかく、それを受け取る側の認識、それも「映像・メディアのプロ」がズレまくってるのは良く無いだろう、常識的に考えて。

さて何処がズレているか。

「民主社会で一番大事なのは情報にアクセスできて、いい悪いを判断出来る事」
と、メディア法が御専門の教授様が仰ってますが、

それちゃんと出来てね?

少なくとも既に色々な法的問題が生じている事を我々は知っている、だから「この映画、ちょっとそのまま公開してしまうとまずくね?」ちう事になってるんだと思ってますが。
しかも「公開されてしまうと取り返しが付かない」訳でしょ。少なくとも刀匠様の名誉と人格権が損壊されるのは明白なんですが。
そこは「軽視出来ない」とはならないんですなw
大体において同じ映画の「プライド」や「ムルデカ」に対して反対運動が、それも映画の作り手からも出て来た時にアンタ同じ事を言いましたっけか?

もっとアレなのがコチラのドキュメンタリー作家様ですね。
「(映像削除問題は)大変な問題。説得出来なかったら上映出来ないのか。聡なると映画を潰すのは簡単」って、

嘘付いて騙して画像を撮っていたのはオケなんでしょうか?

「ドキュメンタリー映画は現実を切り取る。街や雑踏も映る。たまたま映った人が削除して欲しいと言い出したら映像は撮れない」に至ってはもう勘弁して下さいとしか言い様が有りませんな。

刀匠様は「たまたま映った人」かあ?

問題の摺り替えもエエ加減にせい!と言いたくなりますな。「映像メディア全般の問題」って、今迄やりたい放題にやって来たのが「撮られる側の意識の変革」によって通用しなくなってるだけじゃん。

「ぼくちんそんなのみとめないよお!」って我侭言ってるだけにしか思えませんが何か?

つくづくとこの手の手合いが如何に「表現の自由」の名の下に甘やかされていたかが判りますな。後、「覚悟」が足りないかも。
「表現は表現」ってのもまあ言い方としては有るかも知れませんが、「嘘付いて騙して作った表現」を許せるか、と言えばワタクシの素直な感情としては「バッカじゃね?」としか思えませんな。
しかもそれが被写体の名誉を毀損する様な物なら尚更です。それが許される方が「パンドラの箱を開けたな」なんじゃね?

その位の事はわざわざ作品を見なくとも流通している情報を吟味すれば判る事な筈ですがねえ。
あ、今からでも遅く無いや。ドキュメンタリー作家様がこの騒動を一歩引いた公平な目でドキュメンタリーとして撮れば良いんじゃね?

絶対その方が本編より面白い物ができると思うのはワタクシだけでしょうかw

まあこの記事に書いてある事が色々情報を入れた上での発言なら、ドキュメンタリー作家に必要な「一歩引いた公平な目」が備わってるかどうかにダウトが付いちゃうんですけどねw

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