国家を形成し、維持するとしますと特に歴史教育は大事ですよね。自国の歴史に目を向け、自国に誇りと帰属意識を持たせる。国際社会に於いて「グローバル化」が進むなぞと言われてたのは前世紀の事ですが、
web時代が到来して国境を飛び越えて人々の意思がやり取りされる様になったら国籍が融解して「地球市民」が誕生するどころか、より強く「国籍を意識する」ナショナリズムが強調される結果になったのは何の因果でしょうかw
まあそこん所、やり方を間違えると民族性ってのもあると思いますが一寸した事でナショナリズムに点火、反日運動が制御不能の状態に陥るどこぞの国々みたいになっちゃうんで加減は必要だと思いますけどねえ、ホントw
で、コレからの我が国がどうなるか。その辺が気になる所でありますがさてはて。
沖縄戦 指導要領解説書に明記
沖縄戦の集団自決をめぐる教科書の記述が去年問題になったことを受けて、文部科学省は、小学校の学習指導要領の解説書に初めて「沖縄戦」ということばを明記し、多くの人が犠牲になった沖縄戦の学習を充実させることにしました。
去年行われた高校日本史の教科書検定で沖縄戦の集団自決に関する記述から日本軍の直接的な関与が削除されたことに対して沖縄県民の反発が強まり、文部科学省は、教科書会社からの訂正申請を承認する形で軍の関与を示す記述を
復活させました。
この過程で、沖縄県民からは「沖縄戦での悲惨な体験が理解されていない」などとして、多くの人が犠牲になった歴史の記憶の風化を懸念する声があがっていました。これを受けて、文部科学省は、沖縄戦をはじめとする戦争の歴史を子どもたちにしっかり教えていく必要があるとして、教科書の作成や教師の指導の指針となる小学校の新しい学習指導要領の解説書に「沖縄戦」について教えるよう明記することにしました。文部科学省は、あわせて「各地への空襲」や「広島・長崎への原子爆弾の投下」についても解説書に記して、日本の国民が受けた被害について学習を充実させることにしています。小学校の学習指導要領の解説書に「沖縄戦」や「原爆投下」ということばを明記して指導を求めるのは初めてで、文部科学省は、30日に都道府県の担当者を集めてこの方針を説明することにしています。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10015564051000.html
さてコレは左巻き樣方の「大勝利」と言って良いのでしょうか?
ワタクシ的にはコレ迄左巻き樣方が主張して来た事を垂れ流しに出来れば、という条件が付くと思いますね。
ちなみにコレは一寸前、オキナワならぬ東京新聞様が宣ったお言葉でございますが。
・ゲーテと並称されたドイツの作家シラーの言によれば<時の歩みは三重>になる。なぜなら<未来はためらいつつ近づき、現在は矢のようにはやく飛び去り、過去は永久に静かに立っている>からである
▼沖縄は今日「慰霊の日」を迎えた。六十三年前、沖縄戦での日本軍の組織的な戦闘が終結した日に当たる。マラリアでの病死や餓死などを含めると、県民の犠牲者は四人に一人に相当する十五万人前後と推定されている
▼もう六十三年たったのだから、過去は語り尽くされていると誤解されやすいが、そうではない。あまりに過酷な体験ゆえに、口にすることができない人が少なくない。まだ六十三年しかたっていないのである
▼地元紙の『琉球新報』に、聞き取り調査を何度頼んでもこの四十年間応じなかった人たちが、今年になって応じたとの記事が載っていた。「集団自決」から生き残った体験談である
▼教科書における集団自決の記述が揺れ動いたことへの危機感が、重い口を開かせたのだろう。体験したことでも沈黙を続けていれば、なかったこととして扱われかねない
▼日本軍による沖縄での「住民虐殺」を早くから証言してきた人は「歴史は残そうとする努力があってはじめて残るもの」だという。同じ過ちを繰り返さぬため、いつまでも努力を続けよう。過去は幸いにして、永久に静かに立っている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2008062302000094.html
ちょw「じゅうみんぎゃくさつ」ってwwwww
何かアレですな、左巻き樣方の考える歴史では「日本軍とオキナワ県民が戦争やった」事になってますのん?で、上陸したアメリカ軍がオキナワ県民を「解放した」、と。いやいや中々に革命的な記述ですなあ(棒
流石にこんなの教えてお子様が「おかあさん、日本はオキナワと戦争したんだね!」とか言い出したら流石に親御さんもビックリだろ、常識的に考えて。
まあこう言うweb時代では「ソースは?」の一言(一カキコ)で粉砕されるような妄言が放置される事も余り無いでしょう。その辺解ってるのかどうか知りませんが、色々と危機感は強めていらっしゃるみたいですな。
沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」訴訟やNHK番組改変訴訟を通し、メディアと権力の問題点を考えるシンポジウム(主催・日本ペンクラブ女性作家委員会など)が28日、都内であった。女性史家の宮城晴美さんや関東学院大の林博史教授(現代史)らが表現の在り方などについて意見交換した。
宮城さんは「『集団自決』や慰安婦の問題も、私たちが映像や活字できちんと伝えていかないと十年後はどうなるのか」と危機感を訴え、若い世代への継承の重要性を指摘した。研究分野の現状について林教授は「問題意識を持って膨大な資料を調べる人がいない。学会でも取り上げられず、専任教員のポストもない。後継者が育っていない」とし、教育現場でも将来的な不安があるとの認識を示した。
宮城さんは「『集団自決』に大きな影響を与えたと思う家父長制度の論理は、皇民化教育の中で育ったのか」と林教授に質問。林教授は「中等教育を受けた十代の女性層の意識は皇民化教育と言っていい。しかし『集団自決』を受け入れる心情は階層、年代、教育歴などによって異なり、丁寧に検証すべきだ」とした。
「戦争と女性への暴力」日本ネットワークの西野瑠美子共同代表も、権力の圧力と自己規制について意見を述べ、放送現場の「表現の自由」と「市民の知る権利」が侵害されたと訴えた。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200806291300_04.html
まあ色々と大変そうでありますな(棒
未だに重版を重ねるかの「戦争論(小林よしのり/幻冬社)」をきっかけに、今迄流通して来た「左巻き樣方が付いて来たウソ」が明るみに引き摺り出され、晒し物になった訳です。ワタクシ現在の小林よしのり氏のスタンスに全面的に賛同する訳ではございませんが、だからと言ってかの著作を「コウ゛ァ呼ばわり」して否定する気もございません。
作者本人を中傷して著作を否定するのではなく、納得できる「ソース」を持って否定しないと余計に信用を落とす事になりますよと警告しておきまして。
左巻き樣方のベクトルとは逆に「膨大な資料」を探ればそら都合の悪い真実が穿り出される訳でして。
逆に考えると、ドレだけ膨大な資料を穿っても「左巻き樣方の都合の良い資料を見つける事が出来ない」と言うのが正しい表現かと思いますねw
何所ぞの半島国家の様に「歴史は都合の良い様にクリエイトするモノ」では無いと言う事なんじゃね、常識的に考えて。
集団自決にしても慰安婦にしても、「歴史上の事実」ではありますが「何故そうなったか」を事実から捩じ曲げて伝えようとしても、残された資料がそれを許さないという事なんですが。
左巻き樣方が言う通りに「集団自決が軍命令によって起きた」と言うなら、命令書の一枚でも出せば良い事ですし、左巻き樣方が言う通りに「慰安婦は政府による世界最大の人身売買」と言うなら、やはりその命令書の一枚を出せば良い事なのです。
歴史的事実は、色々な角度からの検証に耐えうる物証によってのみ証明される。実証主義を捨てた歴史学に何の価値が有るのか。
言っとくけどさあ、検証出来ない「証言」は証拠になり得ない。それが通るならUFOでも幽霊でもオーラでも何でも「実証されますた!」って事になっちゃう訳ですが。
逆に言えば現在「実証する証拠を持たない『集団自決の軍の強制』『慰安婦』『南京大虐殺』『731部隊』etc」はオカルト同然と言う事なんですが何か?
ドレもコレも「問題が表面化」してからずいぶん長い時間が経ちましたが、「それが事実である!」と断定出来得る程の「証拠」が一つも出て来ないのは左巻き樣方の怠慢なんでしょうかwww
まあその位に伝説が真実であると証明する事が難しいって訳でしょうねえ。
何しろ「認めろ!」と叫ぶ人達のやってる事ってさあ、
「吉備団子は昔から名産として流通している」
↓
「故に『桃太郎は実在し、鬼が島で鬼退治をやった』、コレは歴史的事実だ!!」
とか言ってるような物じゃね?証明するプロセスをすっ飛ばして「事実だ!」とやる行為を「トンデモ」と認識出来る様になったのはやっぱ大きいよなあw
てな訳で「歴史は正しく教えましょう」と言う文科省の通達、実に正しいと思うんですがwww
web時代が到来して国境を飛び越えて人々の意思がやり取りされる様になったら国籍が融解して「地球市民」が誕生するどころか、より強く「国籍を意識する」ナショナリズムが強調される結果になったのは何の因果でしょうかw
まあそこん所、やり方を間違えると民族性ってのもあると思いますが一寸した事でナショナリズムに点火、反日運動が制御不能の状態に陥るどこぞの国々みたいになっちゃうんで加減は必要だと思いますけどねえ、ホントw
で、コレからの我が国がどうなるか。その辺が気になる所でありますがさてはて。
沖縄戦 指導要領解説書に明記
沖縄戦の集団自決をめぐる教科書の記述が去年問題になったことを受けて、文部科学省は、小学校の学習指導要領の解説書に初めて「沖縄戦」ということばを明記し、多くの人が犠牲になった沖縄戦の学習を充実させることにしました。
去年行われた高校日本史の教科書検定で沖縄戦の集団自決に関する記述から日本軍の直接的な関与が削除されたことに対して沖縄県民の反発が強まり、文部科学省は、教科書会社からの訂正申請を承認する形で軍の関与を示す記述を
復活させました。
この過程で、沖縄県民からは「沖縄戦での悲惨な体験が理解されていない」などとして、多くの人が犠牲になった歴史の記憶の風化を懸念する声があがっていました。これを受けて、文部科学省は、沖縄戦をはじめとする戦争の歴史を子どもたちにしっかり教えていく必要があるとして、教科書の作成や教師の指導の指針となる小学校の新しい学習指導要領の解説書に「沖縄戦」について教えるよう明記することにしました。文部科学省は、あわせて「各地への空襲」や「広島・長崎への原子爆弾の投下」についても解説書に記して、日本の国民が受けた被害について学習を充実させることにしています。小学校の学習指導要領の解説書に「沖縄戦」や「原爆投下」ということばを明記して指導を求めるのは初めてで、文部科学省は、30日に都道府県の担当者を集めてこの方針を説明することにしています。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10015564051000.html
さてコレは左巻き樣方の「大勝利」と言って良いのでしょうか?
ワタクシ的にはコレ迄左巻き樣方が主張して来た事を垂れ流しに出来れば、という条件が付くと思いますね。
ちなみにコレは一寸前、オキナワならぬ東京新聞様が宣ったお言葉でございますが。
・ゲーテと並称されたドイツの作家シラーの言によれば<時の歩みは三重>になる。なぜなら<未来はためらいつつ近づき、現在は矢のようにはやく飛び去り、過去は永久に静かに立っている>からである
▼沖縄は今日「慰霊の日」を迎えた。六十三年前、沖縄戦での日本軍の組織的な戦闘が終結した日に当たる。マラリアでの病死や餓死などを含めると、県民の犠牲者は四人に一人に相当する十五万人前後と推定されている
▼もう六十三年たったのだから、過去は語り尽くされていると誤解されやすいが、そうではない。あまりに過酷な体験ゆえに、口にすることができない人が少なくない。まだ六十三年しかたっていないのである
▼地元紙の『琉球新報』に、聞き取り調査を何度頼んでもこの四十年間応じなかった人たちが、今年になって応じたとの記事が載っていた。「集団自決」から生き残った体験談である
▼教科書における集団自決の記述が揺れ動いたことへの危機感が、重い口を開かせたのだろう。体験したことでも沈黙を続けていれば、なかったこととして扱われかねない
▼日本軍による沖縄での「住民虐殺」を早くから証言してきた人は「歴史は残そうとする努力があってはじめて残るもの」だという。同じ過ちを繰り返さぬため、いつまでも努力を続けよう。過去は幸いにして、永久に静かに立っている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2008062302000094.html
ちょw「じゅうみんぎゃくさつ」ってwwwww
何かアレですな、左巻き樣方の考える歴史では「日本軍とオキナワ県民が戦争やった」事になってますのん?で、上陸したアメリカ軍がオキナワ県民を「解放した」、と。いやいや中々に革命的な記述ですなあ(棒
流石にこんなの教えてお子様が「おかあさん、日本はオキナワと戦争したんだね!」とか言い出したら流石に親御さんもビックリだろ、常識的に考えて。
まあこう言うweb時代では「ソースは?」の一言(一カキコ)で粉砕されるような妄言が放置される事も余り無いでしょう。その辺解ってるのかどうか知りませんが、色々と危機感は強めていらっしゃるみたいですな。
沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」訴訟やNHK番組改変訴訟を通し、メディアと権力の問題点を考えるシンポジウム(主催・日本ペンクラブ女性作家委員会など)が28日、都内であった。女性史家の宮城晴美さんや関東学院大の林博史教授(現代史)らが表現の在り方などについて意見交換した。
宮城さんは「『集団自決』や慰安婦の問題も、私たちが映像や活字できちんと伝えていかないと十年後はどうなるのか」と危機感を訴え、若い世代への継承の重要性を指摘した。研究分野の現状について林教授は「問題意識を持って膨大な資料を調べる人がいない。学会でも取り上げられず、専任教員のポストもない。後継者が育っていない」とし、教育現場でも将来的な不安があるとの認識を示した。
宮城さんは「『集団自決』に大きな影響を与えたと思う家父長制度の論理は、皇民化教育の中で育ったのか」と林教授に質問。林教授は「中等教育を受けた十代の女性層の意識は皇民化教育と言っていい。しかし『集団自決』を受け入れる心情は階層、年代、教育歴などによって異なり、丁寧に検証すべきだ」とした。
「戦争と女性への暴力」日本ネットワークの西野瑠美子共同代表も、権力の圧力と自己規制について意見を述べ、放送現場の「表現の自由」と「市民の知る権利」が侵害されたと訴えた。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200806291300_04.html
まあ色々と大変そうでありますな(棒
未だに重版を重ねるかの「戦争論(小林よしのり/幻冬社)」をきっかけに、今迄流通して来た「左巻き樣方が付いて来たウソ」が明るみに引き摺り出され、晒し物になった訳です。ワタクシ現在の小林よしのり氏のスタンスに全面的に賛同する訳ではございませんが、だからと言ってかの著作を「コウ゛ァ呼ばわり」して否定する気もございません。
作者本人を中傷して著作を否定するのではなく、納得できる「ソース」を持って否定しないと余計に信用を落とす事になりますよと警告しておきまして。
左巻き樣方のベクトルとは逆に「膨大な資料」を探ればそら都合の悪い真実が穿り出される訳でして。
逆に考えると、ドレだけ膨大な資料を穿っても「左巻き樣方の都合の良い資料を見つける事が出来ない」と言うのが正しい表現かと思いますねw
何所ぞの半島国家の様に「歴史は都合の良い様にクリエイトするモノ」では無いと言う事なんじゃね、常識的に考えて。
集団自決にしても慰安婦にしても、「歴史上の事実」ではありますが「何故そうなったか」を事実から捩じ曲げて伝えようとしても、残された資料がそれを許さないという事なんですが。
左巻き樣方が言う通りに「集団自決が軍命令によって起きた」と言うなら、命令書の一枚でも出せば良い事ですし、左巻き樣方が言う通りに「慰安婦は政府による世界最大の人身売買」と言うなら、やはりその命令書の一枚を出せば良い事なのです。
歴史的事実は、色々な角度からの検証に耐えうる物証によってのみ証明される。実証主義を捨てた歴史学に何の価値が有るのか。
言っとくけどさあ、検証出来ない「証言」は証拠になり得ない。それが通るならUFOでも幽霊でもオーラでも何でも「実証されますた!」って事になっちゃう訳ですが。
逆に言えば現在「実証する証拠を持たない『集団自決の軍の強制』『慰安婦』『南京大虐殺』『731部隊』etc」はオカルト同然と言う事なんですが何か?
ドレもコレも「問題が表面化」してからずいぶん長い時間が経ちましたが、「それが事実である!」と断定出来得る程の「証拠」が一つも出て来ないのは左巻き樣方の怠慢なんでしょうかwww
まあその位に伝説が真実であると証明する事が難しいって訳でしょうねえ。
何しろ「認めろ!」と叫ぶ人達のやってる事ってさあ、
「吉備団子は昔から名産として流通している」
↓
「故に『桃太郎は実在し、鬼が島で鬼退治をやった』、コレは歴史的事実だ!!」
とか言ってるような物じゃね?証明するプロセスをすっ飛ばして「事実だ!」とやる行為を「トンデモ」と認識出来る様になったのはやっぱ大きいよなあw
てな訳で「歴史は正しく教えましょう」と言う文科省の通達、実に正しいと思うんですがwww

