日々之平穏!?(なら良いけどそうも行かない)

広島の片隅でだらだら生きてる単車とマンガと音楽好きのおっさんが 綴る雑記であります。

さよなら、広井てつおさん。

先日、漫画家の広井てつおさんが亡くなられました。

またお気に入りの漫画家の新作が読めなくなった訳で。

まあ普通のマンガ読みには「広井てつお」って誰?でしょうが。
漫画家志望の方はひょっとして「マンガスーパーテクニック講座(美術出版社)」の古い奴で名前は知らないけど絵は知ってるという方もおられるかも知れませんね。

確かな画力(特に風景)も魅力でしたが、何よりも「単車と単車乗りのマンガ」をキチンと描ける、数少ない漫画家の一人だったと思います。

さてこの漫画家を紹介する、最も適切なテキストを発掘しました。
「Mr.BIKE」誌1988年4月号掲載の「COOL RIDER'S EYE」から転載。

ちょっと前の話だが「バイクマンガがブームだ!」という、今にしてみれば、ああ勘違いの命題があった。
(筆者注:『バリバリ伝説』『あいつとララバイ』を筆頭に、バイクマンガが少年誌の看板だった時代があったんです)
別に「バイクマンガ」はブームでもなんでもなかった。まあ「バイクが出てくるマンガ」のいくつかが、ヒットした事実はあったけれども。
とりあえず、日本マンガ史上(という言い方も、大げさこの上ないが)バイクマンガと称されるジャンルがブームになったことなど一度もない。

で、それはなぜかと言えば、たぶん「バイク」と言うメディアは、人に伝えるにはあまりにも、あやふやな物だから、ではないだろうか。

そんなバカな、なに言ってんだよ。現実に、鉄とアルミとプラスチックで、ほら、こうやって、バンバンと、手に触れられるじゃないか。どこがあやふやなんだよ。そう言うかもしれない。

だけど、そうやって手に触れられる物は、バイクの様で、実はバイクでもなんでもない、バイク以前の工作物に過ぎない。

ここが一番大事で、しかも、めんどくさいところだ。

バイクとは、バイクだけではバイクになれないのだ。ライダーが存在して、初めてバイクになれるのだ。

だから「バイクマンガ」が成立するためにはこの、ライダーとバイクの間に漂っている空気の色、みたいなものをキチンと(あいまいな物をキチンと描く、というのは、すごく変な表現だが)とらえなくては、いけないのだ。

多くの作家は、ここで失敗する。バイク単体のディティールにこだわりすぎたり、ライダーの個にふみ込みすぎたりする。そうなってはもう、それはバイクマンガではない。
広井てつおは、そのあいまいさをあいまいなままに把握し、彩りを添えて表現出来る、数少ない作家の1人だ。ためしに、「広井てつおのバイクマンガ」の主役は誰か、と問うてみよう。
少年でもなく、少女でもなく、老人でもなく、ましてや、バイク、でもない。
広井マンガの主役は、人間とバイクの間にただよう、空気の彩りである。だからこそ、広井てつおのマンガは正しく、バイクマンガなのだ。

そして、この表現しにくい部分を理解し得るのは、やはり同じライダーでしかない。本誌掲載を初めとする広井てつおのバイクマンガが、ライダーに大きな共感を持って支持されるのも、他の作者の作品には感じられない、この「空気の彩り」が、広井マンガには色濃く漂っているからだろう。
(以下略)

Mr.BIKE1988年5月臨時増刊「ライダーズラプソディ」発刊時に出された「広井てつおの解説」です。

斯様にバイク乗りも理屈を付け出すと中々にめんどくさいモンですが、「譲れない部分」ってのは確かにある訳ですよ。

まあ異論は有ると思いますが、バイクに乗り続けてふと感じる「空気」の匂いが、味が、雰囲気が分かる人間、つまりライダーに取ってはこの「解説」、非常に納得の行く話なんですよね。

この秋には単行本「W1ララバイ」が少年画報社から復刻されるという話もある様です(当然ワタクシオリジナルを持ってますが)。

もし興味を持たれた方は読んでみて下さい。そしてバイク自体に興味を持たれ、バイク乗りになられたなら、、、

「ようこそ、コチラ側へ」と言う事になりますな。おっと、作者が違うですがコチラもキチンと「バイクマンガ」を描かれる方なので広井てつおさんもお許し頂ける事でしょう。

さよなら、そしてご苦労様でした。

合掌。

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「情報を制する者が世界を制する」とは良く言いますが。

常日頃から様々な分野、もちろん軍事を含めて「情報戦争」と言う言葉は良く耳にする訳ですよね。

まあ世の中「〜戦(争)」だの「合戦」と言う言葉が溢れてるのを見るに付け、「どんだけ戦争好きなんだよw」とか思うんですがwww

それだけ人間の生活から「争い」は切り離せない物だと実感する訳ですが。

それはさておき先のエントリに絡めて、今度はマスコミ様が抱える問題。
まあ一寸「微妙」と言えば微妙な線ですが、それ故に尚更問題が際立つちうかw

アフガン拉致殺害:中村医師「ご両親に申し訳ない」
「タリバンではない」。そう語ったペシャワール会の中村哲代表=アフガニスタン・カブールのアフガン政府軍空港で2008年8月28日、栗田慎一撮影

「伊藤君のご両親には本当に申し訳ない気持ちだ」。28日午後、ペシャワール会スタッフの伊藤和也さん(31)の遺体とともにアフガニスタンの首都カブール入りした同会現地代表の中村哲医師(61)は、日本大使館で記者会見。目を潤ませながら遺族への謝罪を繰り返し、「伊藤君は現地に溶け込み、人々にとても好かれていた。このことをしっかりとご両親に伝えたい」と語った。

悲報を伝えた中村代表に対し、伊藤さんの父、正之さんは「息子は固い意志でアフガンへ行った。迷惑をかけてすいません」と逆に謝罪したという。「私も6年前に10歳の息子を病気で亡くした。子供を失った親の気持ちは痛いほどわかる。ご遺体を早くご両親の元に届けてあげたい」と言葉を詰まらせた。

中村代表は、この日カブール大で行われた遺体の検視結果をもとに、「伊藤君は両足を銃で撃たれた後、がけから転落し、死亡したのではないか」との見方を示した。
中村代表が聞いた検視結果によると、伊藤さんの左足には8〜10カ所、右足にも数カ所の銃弾を受けた跡があった。また、顔面に岩で打ったようなひどい打撲痕があった。中村さんは「遺体は高さ数メートルほどのがけの下にあったと聞いた」と語った。
中村代表は28日朝、パキスタンから拉致現場に近いジャララバードに入り、初めて伊藤さんの遺体と対面した。ひつぎに入れられた遺体の顔を、何かを語りかけるように見つめ、手を挙げて遺体に向かい敬礼した。

◇村の有力者ら500人以上祈り
ジャララバードにあるペシャワール会の事務所では同日、中村代表も出席して伊藤さんの葬儀が営まれた。福岡市で会見した福元満治事務局長(60)によると、伊藤さんが農業支援をしていた村の有力者ら500人以上が集まって祈りを捧げた。
地元の人々による弔辞では、伊藤さんを「立派な男だった」とたたえる声に交じって、「恩を仇(あだ)で返すことになって非常に恥ずかしい」、「犯人と自分たちが同じアフガン人とは思わないでほしい」など、哀悼と謝罪の言葉が相次いだという。
この日参列したのは村の長老や現地警察関係者らが中心で、会場に入りきれなかった一般の村人向けに、後日改めて葬儀が計画されているという。
福元事務局長によると、同会は遅くとも9月中に、アフガニスタンとパキスタンに派遣している日本人スタッフ13人を全員一時帰国させる方針を固めた。再派遣の是非は治安の回復状況をみて判断するが、福元事務局長は1年以上の空白期間が生じる可能性も示した。その間も農作が継続するよう、一時帰国前に現地住民へ業務を引き継ぐとい
毎日新聞 2008年8月28日 21時36分(最終更新 8月29日 1時59分)

「この記事がどうかしましたか?」そう思われる方が殆どだと思います。
ワタクシも一読しただけではそう思うでしょう。

が、「何か変だな」と言う箇所が一つ。

記事の冒頭の一文にご注目下さい。ココには中村代表の写真が貼られてまして、文章はそのキャプションな訳ですよ。

何が変なのだ?と言うのは、キャプションで中村代表が語った事が記事中に全然出て来ないって事ですね。

普通キャプションに使われる文章なり台詞なりは、記事に関連した物な筈なんですがおかしいなあ。

さて何でこんな事になっているか。その答えはすぐに分かっちゃうのがwebの便利であり、厄介な部分であります。

<アフガン拉致殺害>中村医師が遺体検分 悲しみこらえ
【カブール栗田真一】
「伊藤君の無念はいかばかりか」。非政府組織「ペシャワール会」メンバーの伊藤和也さん(31)の遺体に付き添い、アフガニスタンの首都カブールに到着した同会現地代表、中村哲医師(61)は、目を赤くはらしてそうつぶやいた。
中村さんは28日朝、パキスタンのペシャワルから拉致現場に近いジャララバードへ入り、初めて伊藤さんの遺体と対面した。ひつぎに入れられた遺体の顔を、何かを語りかけるように見つめ、手を挙げて遺体に向かい敬礼した。
「左足に十数発は撃ち込まれたとみられる銃創、腹部に1〜2発の貫通銃創、後頭部の挫減、顔面の打撲傷が認められた。腹部の銃弾で動脈が切れ、死亡したのではないか」。
医師として、悲しみをこらえ、伊藤さんの遺体を検分した結果を語った。
会の事業で大きな恩恵を受けて来た地元住民は、伊藤さん拉致の知らせに、一斉に拉致グループを追跡。その数は1000人に上がった。だが中村さんは「コレで拉致グループがパニックに陥り、殺害に及んだのかもしれない」と唇をかんだ。
反政府武装勢力のタリバン報道官を名乗る人物が、犯行を認めていることについて、中村さんは「拉致グループはタリバンではない。タリバンがこんな事をするはずがない」と話した。
「我々が言うタリバンとは、マドラサ(イスラム神学校)でちゃんと教育を受けた、礼儀と道理を身につけた者を言う。しかし。9・11(01年の米同時多発テロ)後、偽タリバンが増えた。彼らは本当のタリバンではない」

タリバンが拠点とするアフガンとパキスタン国境地域で、ハンセン病治療や井戸掘りなどを20年以上続けて来た。国際的な非難を浴び孤立するタリバンとその母体のパシュトゥン民族を支え、タリバン側からも一定の理解を得ていると自負してきた中村さんの、タリバンへの「最後のメッセージ」にも聞こえた。
(毎日新聞2008年8月28日21時43分)
http://72.14.235.104/search?q=cache:mckgAQHPub4J:news.cybozu.net/news/national/2008082851912.html+%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E3%81%8C%E9%81%BA%E4%BD%93%E6%A4%9C%E5%88%86%E3%80%80%E6%82%B2%E3%81%97%E3%81%BF%E3%81%93%E3%82%89%E3%81%88&hl=ja&ct=clnk&cd=8&gl=jp
はい、当初はこの記事が配信されてたんですね。コレで漸く写真に付けられたキャプションが記事に繋がった訳ですが。

勿論この記事、先に挙げた記事と差し替えられてますので現在ソース元にアクセスしても表示される事はありません。
しかしリンクを貼りました通りにググル先生のキャッシュに残っているので我々は「何がどう書かれていたか」を確認する事が出来るんですねアリガタヤ。

さて問題です。何故に最初の記事は差し替える必要があったのでしょうか?

「記事の差し替え」自体は比較的良くある事です。伝えるべき事象は一つであってもそれを取り巻く事態は動いていますし、時間の経過と共に配信した記事に間違いが見つかったとか言う事もありますからね.

然し乍らこの記事、写真とキャプションをそのままに「差し替える」意図が全く分からない訳でして。

一体何が「マズかった」んでしょうねえ(棒

、、、とかすっとぼけ無くとも何この「タリバンシンパ」な言い方は。誰がどう見たって「やったのはタリバンじゃないんだ!!」としか読めない訳で。

ああひょっとして碌な原稿チェックもせずに「タリバン擁護の声」を載せてしまった事を焦って差し替えたとか。まあ「社会の木鐸」も色々と大変そうですw

まあ少しでも「ペシャワール会と中村医師」をヲチしてた者には中村医師の「タリバンの日本向けスポークスマン」ぶりは有名な話でして、この記事を読んだ所で「ああヤッパリねw」位の印象しか受けない訳ですが、

そらそんな事知らない「一般の読者さん」は引くだろうねえw

では敢えて記事を差し替えたって事は中村医師の「タリバン礼参発言」は「一般の読者さん」から余程「目を逸らさせたい事項」って事だったんでしょうかwww

然し乍ら幾ら「引く様な情報」であってもそれが事件の当事者であり、現地の実情に詳しい中村医師の発した言葉なら、報道機関は現地の情報として「きちんと伝える義務」が有るんじゃないですかね?

記事を差し替えずに別の枠で新たに記事を立てればこんな「情報隠蔽じゃんpgr」なぞと嗤われずに済んだのにね、毎日(HENTAI)新聞様w

※ 念の為、「お前達は本当のタリバンを知らない」と背中に山岡士朗が憑いてる中村医師の語る「タリバンの実情」はコチラの方が様々な文献や情報から詳しく分析されておりますので御覧下さい。
ターリバーンの内政

ソースの情報が古い、コレでは現在のアフガンとタリバンの情報分析として不適切では?と言われるかも知れませんが、

このソースからなお情勢が悪化してるなら現地で活動するペシャワール会メンバーはもっともっと行動を慎重にすべきだったとも言える訳でして。

結局「中村代表の現地責任者としての判断ミス」を補強する材料になるから隠蔽したんじゃね?とか言われてもしょうが無い感じを受けますね。

まあ幾らコソコソと隠蔽工作に走った所でこうしてキャッシュが保存される限りはデジタルデータとして永遠に晒し物になる訳で、そこは「抵抗は無意味だ!」と言いたいんですがw

さてこの件は「マズい情報が手違いで出ちゃったから隠しちゃえ!」でしたが、はなから「マズい情報を隠して都合の良い事だけを出す」と言うケースもある訳で。

長くなりますので一旦切ります。
(この項続く)

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1983 夏 やたら空が高かった日(その39)

突発小説、その39回目であります。

※「続きを読む」で本編が読めます。

※カテゴリ「突発小説」でこれ迄の分がまとめて読めます。
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噛み合ない話を噛み合わせようとするから無理が来るんだと思わないのかね、常識的に(ry

今回は前置き無しで。スッカリマスコミ様からフェードアウトした「アフガンボランティア射殺事件」ですが。

何でフェードアウトしたかというと、この事件、「一部の勢力の主張に取って決定的な打撃になる」からなんじゃね?とか思う訳ですが。

先のエントリでチラリと触れましたが、当事者である「ペシャワール会」の
事務局長様が一寸納得いかない発言をされてますんでそれをチクチクとやらせて頂きます。

町村信孝官房長官がアフガニスタンで伊藤和也さんが拉致され死亡した事件に関連し、インド洋での自衛隊の給油活動を継続する方針を示したことについて、伊藤さんが所属する「ペシャワール会」(福岡市)の福元満治事務局長は28日、「方向が違うんじゃないか。だから武力がやっぱり必要だというのは浅過ぎる」と批判した。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008082801022

さてペシャワール会がどう言う発言に噛み付いたかと言いますとコチラ。

会見で、町村長官は「こういう尊い犠牲が、今回、NGOの中から1人出てしまったが、そうであればあるほど、テロとの戦いに日本が積極的にコミットしていくことの重要性を、多くの日本国民が感じたのではないか」と述べた。また、「自衛隊によるインド洋での給油活動とNGOなどの民生復興支援が、車の両輪である」と、テロとの戦いに対する政府の姿勢を示した上で、「各国はアフガニスタンでのテロ対策に力を入れている。日本がテロとの戦いの戦列から脱落するのは国際社会の動きに反する」と述べ、臨時国会に給油継続法案を提出し、成立させる必要性を強調した。

う〜む。

まあ当事者である「ペシャワール会」が「メンバーの死を政治利用するな!」と言いたくなる気持ちも分からないでは無いですが。

この事件、「因果関係」は明らかな訳でして。

「タリバンが恐怖による勢力拡大を狙って無差別の外国人に対するテロを決行した」と言う事と、その結果「日本がテロとの戦いから引く」と言うのはそれこそ相手の思う壷なんじゃね、常識的に考えて。

てか、事は日本だけに留まらず、「あらゆる外国の組織」が対象なだけに、それこそ「一からの活動の見直しを迫られている」情勢な訳でして。


其処を考えますとペシャワール会の事務局長様が「武力がやっぱり必要だというのは浅過ぎる」と発言したのは極めて不適切なんじゃないかと思うんですが。

問題をややこしくしているのは、ペシャワール会が掲げて来た「『自分達は武装しない』と言うコンセプトで相手の警戒心を解き、地域に溶け込んで活動する」と言う理念もそれなりに理解出来る所が有り、実績を挙げて来たという事実を持つ点ですよね。

まあ「理解出来る」と言う事であり「賛同は出来ない」訳ですが。

面白いと言っては不謹慎かも知れませんが、ペシャワール会自体は「非武装」なんですが、周りの住人達や(中村代表曰く)タリバンがペシャワール会を「武装勢力から守ってくれてた」訳でして。

勿論彼らはそれなりに武装してますよね。つまりは「日本自身の自衛の為の武装を他者に肩代わりしてもらってる」と言う構図が成り立つ訳で。

この構図、何だか「憲法9条下の日本」と重なるとは思いませんか?

まあ今回の事件で「その構図が破壊されて犠牲者が出る事も有りますよ」というのが図らずも露呈してしまいましたが。

さてココで一つワタクシに関する誤解が生じてますみたいなので訂正させて頂きますよ。

誤解:「ワタクシは『憲法9条』が嫌いで改正派である」と言う事。

違うっすよ〜、ワタクシは憲法9条、「適度に日本を戦争から遠ざけてくれるシステム」としては中々に優秀では無いかと思っております。

ワタクシが嫌いなのは「憲法9条を拡大解釈しまくって『日本の非武装化』迄目論む左巻き樣方の滑稽な振舞いと企み」なのです。誤解無き様宜しくお願い致しますと述べておきまして話を続けますと。

さて先に述べたペシャワール会が持つ理念がアフガンという「敵意を持つ武装勢力が跋扈する環境」に於いて無力だという事が露呈した訳ですが、問題はこの先ペシャワール会がその理念を貫く事が出来るかという事じゃないですかね?
コレ迄上手くやって来た事が、コレからも上手くいくとは保障されない。しかも危険に晒されるのは貴重な人材の命な訳なのですから。
ペシャワール会の活動にケチを付ける気は毛頭ございません。世界の誰かが支援をしなければならないのを「肩代わりして」やってくれている訳ですから。

しかしながらボランティア自体を危険に晒すのは問題有りなのがハッキリした以上、ボランティアを派遣する体制を見直すのは急務なんじゃないでしょうか?

でないと、「ボランティアの死」が憲法9条の理念を実現する為の担保で有ると言う解釈であり、織込み済みの「ロス」であると見なしてるんじゃねとか言われてもしょうが無くね?

「オイオイボランティアの命ってコンビニ弁当(ロスを見込んで数を発注する)じゃあねえんだよ!」と言いたくなりますな。

さてココで左巻き樣方が持ち出しそうな理論が「日本がアメリカのアフガンに対する侵略戦争に加担したから今回の悲劇が起きた!」と言うモノですな。
すでに某ステとか何とかの左巻き樣方メディアでもその論調がちらりほらりと見受けられるみたいですが。

で、冒頭の「(インド洋での給油活動の正当化は)ケシカラン!」と言う発言に繋がっているのだと思いますが。

この左巻き樣方が持ち出して来る構図もおかしい訳ですよね。

「テロとの戦い」
「復興支援」

この2つはパラレルで行われるべき事項であるからです。


まあタリバンを単純に「民衆の敵」と見なすのはアフガニスタンという大国の都合に振り回されて来た歴史を持つ多民族国家には不適切だというのも分かっておりますが。

左巻き樣方が日本は参加する必要がないと力説する「テロとの戦い」ですが、事は日本の「資源を確保する上での安全保障」に関わる問題な訳でして。

石油資源の安定供給を絶たれて江戸時代以前に逆戻り、人口も激減させないと維持出来ないという状況を許容出来るならそれもアリかも知れませんがね。

てな訳で国内の左巻き樣方が「国家レベルでの生命維持」と「民間レベルでの国際支援」を混同しているのがおかしいんじゃね?と考えてしまうんですがワタクシの認識、間違ってますでしょうか?

その上でペシャワール会の幹部の方々には「憲法9条の理念」が大事なのか、ボランティアの命が大事なのかを「国際支援をしようと思い至った動機」に立ち返って考え直して欲しいもんですよね。

現地に付いた中村代表は「(今回亡くなられたボランティア様の)遺志を継ぎ、水資源開発を続ける義務が有る」と仰った訳ですからね。
コレ迄と同じ事を繰り返し、「非武装でのボランティア」を強行して若者の命をイタズラに消耗させるのではアナタ方左巻き樣方が批判する旧軍の幹部達と同じ事になるんじゃないでしょうかねえ?

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不適切な言い方かも知れませんが「お家に帰る迄が遠足」な訳でして。

「お前のお遊びと一緒にするんじゃない!」とお叱りを受けるのを覚悟の上で。

「どんなに楽しいツーリングでも、無事に家に帰り付かないと意味が無い」と思っております。

まあ人生に避け様の無いアクシデントは付き物なのは分かってますがね、

遊びでも何でも「命あっての物種」な訳でして。

良く珍走やグル珍共が口にする言葉で「バイクで死ねたら本望」とか言うのが有りますが馬鹿言ってんじゃあねえよ!!

死んだらそこで終わり、もうバイクに乗れないじゃん。その位の事も分からない位に馬鹿ならそのまま(ryという気分にもなりますが。

アフガニスタンで日本の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(本部・福岡市)の伊藤和也さん(31)が拉致され死亡した事件で、関与を認めていた反政府武装勢力タリバンのムジャヒド報道官は27日、遺体発見後に共同通信の電話取材に応じ「日本人を殺害した。すべての外国人がアフガンを出るまで殺し続ける」と述べた。
報道官は「このNGOが住民の役に立っていたことは知っている。だが、住民に西洋文化を植え付けようとするスパイだ」と主張。「日本のように部隊を駐留していない国の援助団体でも、われわれは殺害する」と訴えた。
報道官は伊藤さんの拉致後、「日本人は政府側との戦闘に巻き込まれて死んだ。政府側の流れ弾に当たった」と責任を回避する発言をしていたが、一転して意図的に殺害したことを認めた。
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/080827/asi0808272332005-n1.htm

まず何よりも故人のご冥福をお祈りさせて頂きます。

非政府組織で紛争地帯に赴き、現地の人の役に立つ仕事をされていた人間がワタクシの様な怠惰なオタに祈られてもありがた迷惑かも知れませんが。
それでも手を合わせざるを得ない、そう言う貴重な人材だったと思います。
こんな事言うのは間違ってるかも知れませんが敢えて言わせて頂きます。

だから、生き抜いて人生を全うしなきゃ駄目なんじゃね?

幾ら「覚悟の上だ」とか言ってても、どんなに立派な志であっても死んだらそこで終わっちゃう訳ですからね。

「生きてやり遂げる」事こそボランティアの神髄じゃないでしょうか?

だから、可能な限り「危険を回避」して欲しかったのですよ。

「現地の人に必要な活動」なら継続して行う必要が有る訳ですから、何としても生き延びて活動を続ける「義務」が有ったと言う言い方も出来ると思います。

全ては結果論と言う気もしますが、結果としては最悪の目が出てしまったのは何ともやり切れない訳でして。

しかしこの方のこの発言はもっとやり切れなくなります。

【バンコク27日時事】アフガニスタンで拉致された伊藤和也さん(31)が所属する非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(福岡市)の中村哲代表(61)は27日、新バンコク国際空港で取材に応じ、アフガン東部で発見された日本人らしい遺体について、「村人とうちの職員は顔を知っているので、(伊藤さんで)間違いない」と述べ、「伊藤君だけは大丈夫だと思っていた。認識が甘かった」と悔いた。
中村代表が現地のアフガン人職員から得た情報によると、遺体は東部のナンガルハル州ジャララバードの北北東約40キロの山中で村人らが見つけた。乱射に近い撃ち方で、足と頭を撃たれていたという。
中村代表は「犯人が村人に追われて逃げる途中、(伊藤さんは)撃たれて死亡したようだ。単なる強盗、身代金目当てで、政治的なものではないと思う。われわれの治安悪化に対する認識が甘かった。伊藤君をここまで(現地に)滞在させたわたしが悪い」と声を落とした。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080827-00000170-jij-int

さてこの中村代表に関しましてはちょっとスルー出来ない発言と、その辺に絡んで毎日(HENTAI)新聞が姑息な隠蔽工作を図ってます。コレは改めてエントリを建てますのでココではこの位にしておきますが、

これは紛争地帯にボランティアを送り込む団体としてはマズ過ぎだろ、常識的に考えて。

まあご本人もその認識がお有りの様ですが、失われた者は余りに大き過ぎ、取り返しのつかないモノなんですよね、これが。

「大丈夫かと思った」って、それ何て「右直事故」?

交差点に於ける直進車と右折車の接触/衝突事故の原因は双方の「車間距離と相対速度の読み違え」が主原因な訳ですが、かかってるのは他人の命なんだからもっと慎重になれよと言いたい。
勿論本人の自己判断も有るとは思いますが、こんな報道迄出て来る始末。コレはイカんだろ。

★「山を越える犯人に無防備だった」 中村医師、後悔の念

・「無防備だった」。アフガニスタンの軍用ヘリコプターでカブールへ運ばれた伊藤和也さんのひつぎに付き添った中村医師は、28日夜の記者会見で、事件についてそう話した。
「護衛をつけても、プロテクションにならない。警察官がねらわれ、かえって犯行に巻き込まれる可能性がある。私は(安全のために)数十人のグループの中にいることと、トランシーバーか携帯を持つことの2点を強調しておいた」
しかし、結果的には守り切ることができなかった。「(安全な地域なので)安心していたが、山を越えて犯人がやってくることには無防備だった」とくやんだ。
一昨年から活動に対して脅迫めいたものも続き、日本大使館からは極力用心するように言われていたという。「昨年が一番多かった。日本人を拉致する計画があるとの内容だった。荒唐無稽(こうとうむけい)な内容で、韓国人の拉致事件を模倣したいたずらだと考えていた」
この日、遺体と顔を合わせたときは「責任者として(伊藤さんの)両親に申し訳ないという気持ちだった」。両親と連絡をとった際、父正之さんから「本人の堅い意思で出かけたことですから迷惑をかけてすみません」と言われ、「謝るのはこちらです」と答えたという。
http://www.asahi.com/international/update/0829/TKY200808280305.html

どう贔屓目に見た所で、こう言う「危険地域で活動する組織」の上に立つ人間としてあるまじき判断ミスとしか言いようが無いんですが。

「脅迫が荒唐無稽」って、おいおい荒唐無稽なのはアナタの頭の中では無いですかと問い詰めたくなりますな。

事が労働環境に関わる事ですんで「ハインリッヒの法則」を紐解くべきかと思いましたがコレはそれ以前ですね。

どれだけ「自身が無防備である事」を過信していたのかが良く伝わって来るんですが。

まあ「無防備マンは助けてくれなかったね」としか言いようが無いですねと茶化すのは不謹慎でしょうか?
中村代表御自身が「憲法9条と無防備思想」に傾倒しているのは国内での後援での発言や著作を見れば明らかです。
30年近くそれでやって来て結果が出ていた、故に「信仰」が堅固になると言う感じだったんでしょうけどねえ。

移り変わる現状を正しく認識出来ないというのは組織の上に経つ人間として適性を欠いているんじゃね、常識的に考えて。

これは「慣れが事故を引き起こす」典型例として永世語り継がれる事になるのか、それとも、、、

ともかく失われた人材は貴重であり、代え難かった。アフガンでの支援を続ける為にも、もっと早く組織上部が強引にでも撤収させるべきだった。

その事を中村代表には噛み締めて頂きたいモンです。

ワタクシに出来る事は手を合わせる事だけ。合掌。

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